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コース5:「東根城跡地散策&東根のシンボル樹齢1500年の大ケヤキ」見学

コース

さくらんぼ東根駅発⇒(15分)⇒普光寺の鐘 延命地蔵堂⇒(5分)⇒大ケヤキ⇒(2分)⇒東の杜資料館⇒(5分)⇒東根城主8代目御霊屋⇒(5分)⇒若宮八幡宮⇒(15分)⇒さくらんぼ東根駅着
※東の杜資料館は現在リニューアル工事中のため閉館中です。

所要時間

約1時間40分

みどころ

普光寺の鐘・延命地蔵堂

この梵鐘は出羽三山神社の鐘(建治元年・1275)に次ぐ県下第二の古鐘である。普光寺は寬保元年(1741年)に龍興寺と寺号を改めたことにより別名龍興寺の鐘とも呼ばれており、いにしえから現在の東根小学校西北にある龍興寺沼の北岸の鐘楼に安置されている。制作年代は正平11年(1356年)6月、前備前守従五位上 平朝臣長義の寄進により、大工左衛門夫景弘の作である。
鐘の高さは1mで口径は69cm7mである。乳状突起は五列五段で四方にあり、草の間には唐草模様を陽刻し池の間に銘文の蔭刻がある。銘文は四字一句である。

延命地蔵は座像で、金箔が施してあり手には、杖と宝玉を持っており背中には輪光があります。
最上四十八ヶ所地蔵霊場の中の第三十七番札所になっております。

大ケヤキ

東根小学校の校庭の西北隅にある一株の大ケヤキで、樹齢1500年以上と推定され、高さは約28メートル、地上約5.5メートルの高さで分岐し、西南側の一支幹は本幹に続いて主幹をなしている。
根元は不規則な凸凹をなし、幹の基部には、南北に通ずる一大空洞がある。根廻り約24メートル、さらに目通り樹周は約16メートルである。
1885(明治18年)〈1882(明治15年)ともいわれる〉までは父欅(雄槻・男槻)・母欅(雌槻・女槻)と呼ぶ2本があったが、現在のものはその母欅の方であるという。(昭和32年9月11日 国指定特別天然記念物)

東の杜資料館

横尾家の酒蔵を改造してできた東の杜資料館では横尾家の雛飾りを始め、代々受け継がれてきた東根の享保雛・古今雛等歴史を物語る民俗資料とともに展示されている。
絵画等の展示、ミニコンサートの開催など、地域文化の拠点として利用されている。
東根城絵図、猪野沢焼などの考古資料、民俗資料等1000点余り。

東根城主8代目御霊屋(養源寺)

当寺は現在、曹洞宗に所属して山形市の龍門寺を本寺とするが、創立は元弘3年(1333年)で本寺の龍門寺よりも130余年早く、開山の軌叟宗範和尚(文和4年・1356年寂)の法系も宗派も不明である。
開創の場所は、現在の東根市猪の沢岩崎で、4世和尚によって野川地区に、12世和尚によって津河地区(現在の養源寺山)に移され、12世蘭翁守嫩和尚によって慶長9年(1604年)に現在地(東根城二の丸)に移築されてる。
当寺の開基は、初代東根城主・坂本頼高公(山形城主最上直家の次男で天童城主里見頼直の四男)で、応永2年(1395年)に東根城主となり、法名は養源寺殿華屋椿公大居士である。(本堂に位牌がある)以来、220余年、養源寺を菩提寺として八代城主里見薩摩守影佐(法名・劫外院殿雪山寒公大居士)まで東根城を支配したが、九代目の元和8年(1622年)、山形最上家の改易に連坐して、阿波徳島の蜂須賀家にお預けとなり、東根を去っている。しかし当時が現在地に移ったのは、この八代城主影佐公の戦略的な配慮と要請によるもので、この城主は他にも浄国寺を開創し、東根城の本丸・二の丸・三の丸・城郭・堀・町屋・道路・水路等を構築整備した町造りの功労者で、当寺では中興開基とされている。
なお、その時の住職・12世蘭翁守嫩和尚も、村山市櫤山の林堤寺、東根市一日町の秀重院、東根市沼沢の泉竜寺を復興して養源寺の末寺とした功労者であった。
当寺は他に、市内上の台の自牧寺(4世時)・関山の養源寺(5世時)・神町の東陽寺(31世時)の末寺がある。
祭事・縁日 4月24日 大般若法会

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